徒然日記その85. 大学の「2006年問題」 (2/12)
コンピューターのY2K問題(西暦2000年問題)は大きなトラブル無く過ぎ去ったのだが、大学関係者が恐れる「2006年問題」は乗り切ることが出来るのだろうか。皆さんはこの「2006年問題」はご存じであろうか?2006年とは、国を挙げての「ゆとりの教育」の実践のために学習内容が大幅削減された新カリキュラムを履修した生徒が大学に入ってくる年なのである。今でさえ大学生の学力低下が問題になっているというのに、さらに・・・なのだろう。大学関係者が頭を抱えるのも無理はない。
最近のある調査では、大学生の学力低下が「大学教育に支障が出る程度」と答えた大学は80%にのぼるの。さらに小中高の「スカスカ」新課程登場である。例として理科を見てみよう。現在の中学理科では第1分野(物理・化学)と第2分野(生物・地学)に別れて、「身の回りの現象」や「身近な生物」から始まって動物、人体、植物、遺伝、生物の進化、天体、気象、物理変化、化学変化、原子、イオン、エネルギーなどを学ぶ。ところが、学習内容削減によって、「イオン」「遺伝」「生物の進化」が中学教科書から消滅する。つまり高校へ先送りされるのだ。
だったら「高校で習うからいいじゃないか」と考えたあなたは甘い。現実を知らないとも言える。高等学校では、物理・化学・生物・地学のうち1科目を選択すればよいので、選択の仕方によっては「イオン」「遺伝」「生物の進化」を全く履修しないことになる。そして多くの高校が「受験科目を絞って勉強するために」1科目だけしか教えないだろう。こういう生徒が理科系の大学を受験して入学してくる可能性もあるのだから、大学関係者は頭を抱えるわけである(受験科目を減らす大学もよくないとは思うが)。とにかく、「大学教育に支障が出る程度」ではすまされないと思うのだが。
まあ、現在の履修内容だってスカスカである。中学生のお子さんがみえるなら中学理科の教科書をご覧になるとよくわかる。例えば、「動物の生活と種類」の単元では、肉食動物と草食動物の目の位置や歯の作りの違いから生活の仕方と体のつくりの関係を学ぶ。しかし、我々の世代(私は共通一次試験世代である)で習った「適応」「順応」なんて言葉は一切出てこない。あるいは、「身の回りの現象」の単元で習う「光」。習うのは、反射と屈折だけである。昔のカリキュラムで習った、光源の明るさ(カンデラ)と、面の明るさ(ルクス)だって一切出てこない。つまり距離の2乗に比例して明るさが減少するという「概念」は一切ナシである。まあ、数学で関数の概念をまともに扱わないのだから、どの教科でも似たり寄ったりであって、小学算数での円周率が「3.14」から「3」になるのもヒドイはなしである。その後(中学数学)の無理数の概念にどうやってつなげるのか。
学力とは「新しい概念」を身につけることである。これは理科や数学に限ったことではない。大学入試センター試験の国語(現代文)を例に挙げてみよう。マークシート方式による5択問題であるから、力のある生徒は簡単に満点をとる。ところがいくら勉強しても(テクニックを訓練しても)半分も得点できない高校生が少なくないのだ。こういう生徒には仮に国語辞典を与えて問題を解かせても得点は変わらない。なぜか?「概念」がないのだ。論点を述べる言葉,登場人物の心情を表す言葉を辞書でひいても、その「イメージ」がわかないのである。これがお寒い現実であって、大学生の学力低下はとても根深いものなのである。技術立国ニッポンの近未来は暗いのである。あーあ。
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