子育て日記 その2  2004.11.30.


目下の子育て雑感

しばし小学生だった息子がこの春、中学生になった。

「成績が判然としない」というより「明らかにしない」小学校から、出来、「不出来が明確になる時」を迎えた。親としては一体この息子は、成績が良いものか悪いものか、それとも普通か?普通ならどの程度普通なのか?「中の中」か「中の上」か…をやっと知り得る時が来た。 

一学期の中間試験が終わった。初めての定期試験。まだかわいいもので試験結果を持ってのこのこやってきた。

まず、答案を見て唸った。…感心したという事ではない。英文にはピリオドがなく、文頭は小文字だった。数学では括弧のはずし方がわかっていないし、単純な計算間違いが多い。結局はそもそも勉強してなかった。それが如実に現れた答案だった。 

ムッとする前に、自分のその時代を振り返った。その頃、取り立てて勉強などしなくても学校で授業を聞いていれば良いと思っていた。しかし、転機は訪れた。中学1年の秋、見る影もなく成績が下がった。そして小学校時代の友達との差がはなはだしくなった。それは文武両道に秀でなければ気がすまなかった自分には痛手だった。…何故だ!一体どうしたのだ!その答えを得るのに半年かかった。…勉強をしてなかったのだと。今度は、勉強なるものをしてみたが、「点」に結びつかない。何故だ!どうすれば良いのだ?今度はそれが的を得てくるようになるのに、苦悩し多くの時間を費やした。

勉強どころではなかった戦中戦後という時代を生きた親は、勉強という言葉を知っていてもその中味を知る由もなく、教えられるわけがなかった。当時の中産都市では、塾もごく一部の富裕層のものだった。果たして、誰も何も教えてくれなかった。自分で勉強の仕方を考え、成績の折れ線グラフを上げていくしかなかった。しかし、その苦悩の過程で得た手法は、受験に至る学生時代だけでなく大学の定期試験の一夜漬けにまで役立った。少々大げさだがその後の人生にも役立っているという実感がある。自分で見出したことだけが自分の力になっているのだ。

そうこう思っているうちに、息子は期末試験で大敗し、夏休み明けの実力試験で辛酸をなめた。答案は相変わらずだった。妻は「塾、塾」とうるさくなってきた。 

繰り返すが、私は自分で見つけたことだけが自分の力になると信じている。息子が自分で苦悩して自分に必要な時間ややり方を見つけるまで、「いつかの日か」とその苦悩を見ているべきか?間に合わないのも不幸だと親バカになるべきか?と思案の日々が続いている。

 


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