徒然日記その188. 名ばかりの・・・ (7/7)
最近思うのは、名前ばかりのものが増えたことである。大学にしてもそうだ。大学とは名ばかりのところが実に多くなった。大学=最高学府であったはずなんだけど、なにせ2人に1人が大学に行く時代になったのだ。そりゃ大学生の質も下がろうというものである。もうこうなってくると、「大学」という言葉1つでそれらを括ることは意味がなくなってくると思う。「大学出」にしてもそうだ。2人に1人が「大学出」なんだから。
高校にしてもそう。名ばかりの進学校や名ばかりの進学コースが実に多いと思うのだけど。そりゃ大学なり専門学校なりに、高校卒業後に進むのだから「進学」なんだけど。公立のいわゆるトップ校にしてもそうである。どうして「トップ」がいくつもあるのだろうか。そもそもそれらの高校の定員を合計すると結構な数になる。対人口比で考えて、それほど優秀な学生がいるとは思えなんだけどなあ。
それはそうと、次回の公立高校入試は嵐の予感がする。制度が変わるときには避けられないことかもしれないが、混乱は少なくないだろう。この混乱で笑う者もいれば泣く者もでるだろう。そして、我が子だけは泣かせたくないと思い、必死になって情報集めをする親御さんも多いだろう。それが親心というものである(親バカかもしれないけど)。しかし注意して欲しい。「泣かせたくない」が「笑わせたい」にならないように。どさくさまぎれに我が子においしい思いをさせてやりたいなんて考え始めたら、これは親バカを通り越したバカ親である。「人間万事塞翁が馬」ってことを人生の先輩として子供さんに諭すくらいの余裕が欲しいですね。
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